はじめてのおつかい

 プロフォンド将軍に船を与えたことで、メディオン軍は陸路を徒歩で行くこととなった。そのためにはラインサイドの平原を通り、洞窟を抜けなければならない。かなり骨の折れる行軍だ。急ぎの旅だが、皆が疲れてしまっては元も子もない。メディオン軍はラインサイド平原を半ばまで行ったところでキャンプを張った。今日はここで野宿をして、明日一気に洞窟を抜けようという寸法だ。
 やれやれ、と大きなため息を一つついてから、キャンベルは煙草に火をつけた。見張りは二人組で交代制。もう1人はまだ来ていなかった。なかなか起きないのかもしれない。1人での見張りは時間が長く感じるが、キャンベル以外に煙草を吸う者がいないメディオン軍では、喫煙者は疎ましく思われているため、疲れているキャンベルには都合がよかった。好きなだけ煙草を吸える。
 それにしても、船さえあればこんなことしなくてすんだのに。メディオン様のような慈悲深いお心を持った人物はこの世知辛い時代に貴重だが、ときにはもっと利己的に行動していただきたいものだ。
 そんなことを考えながら、一本目の煙草を揉み消した。傍らに置いておいた水を一口含んで、もう一本煙草を取り出そうとする。が。箱は空だった。
「あれ」
 疲れているとどうでもいいことを口走ってしまうものだ。けれど、思わず「あれ」と言ってしまうくらいキャンベルにはショックだった。あるはずのものが無い。箱を分解し、逆さにしてみてもこぼれるのは巻き紙から漏れた葉のカスだけ。さっきまで吸っていた煙草が最後の一本だったのだ。
「あー…」
 どっと疲れが襲ってきた。今の状態で一本も無いということは、これからしばらく吸えないということだ。平原を通り、洞窟を抜けて次の町につくまでは一本も吸えない。どう考えても丸1日はかかる行程なのに、その間1本も煙草を吸えないなんて、愛煙家にとっては食事ができないことに等しい。
 今からアナフェクトに戻るわけにもいかないし…。
 ケンタウロスの足ならば、明け方までにアナフェクトからここまで帰ってくることは可能だ。けれどその間の見張りは?大体そんなことしてメディオン様に余計な心配をかけ、事情を説明しようものなら呆れられるか殴られるか。きっと他の連中にも喋るだろうから、そうしたらシンテシスあたりがからかうに違いない。たかだか煙草でそこまで人にバカにされるのもどうかと思う。でも吸いたい。
 一体どうしたらいいんだ。
 嫌煙家から見ればくだらないの一言で済むような悩みごとをキャンベルが1人で悶々と抱えていると、見張りの片割れがやってきた。
「すみません遅れて」
 言いながら丸いからだをふわりと上空で旋回させ、キャンベルの隣に降り立ったのは、ついさっき入隊した共和国の鳥人、ゼロだった。
「本当にごめんなさい、1人でつらかったでしょう?ここからは僕が引き受けますから、キャンベル様はお休みになってください」
「あぁ…」
 煙草も吸えないし、少し頭も冷やしたいし、疲れているし、そうさせてもらおうかと腰を上げたところで、キャンベルに一つの考えがひらめいた。
 キャンベルは値踏みするように頭の上から爪の先まで、目の前の鳥人をながめた。そう、彼は鳥人だ。機動力は自分達ケンタウロスよりも勝る。今だって飛んでここまでやってきた。ということは暗いところでもそれなりに飛ぶことができるということだ。
 ゼロは、自分をじっとながめているケンタウロスの騎士の姿を、キョトンとした目で見返した。ダンタレス様がすっごく強いって言ってたけど、ほんとにそうなのかな、と思った。だってこの人、なんだかさっきから妙にくたびれてるもんなぁ。
「なぁ、ゼロ」
「はい?」
 ゼロの声色にはほんの少し警戒の色が見られた。まだ入隊して数時間だから、そこまでメディオン軍の人間を信用できないかもしれない、とキャンベルは思ったが、ゼロとしては単にキャンベルの様子がおかしいので不思議に思っているだけだった。そんなことに気づかないくらい、キャンベルは必死だった。もう、メディオン様に呆れられようとシンテシスに小バカにされようと知ったこっちゃない。とにかく、吸いたい。
「君は空を飛べるよな」
「そりゃ飛べますけど」
「ここからアナフェクトまで行って、見張りの交代時間までに帰って来れるか?」
「来れますよ。鳥人の機動力をなめないでくださいよ」
「じゃぁ、君に頼みたいことがある」
 は?とくちばしをあんぐりと開けるゼロをそっちのけにして、キャンベルは懐から紙幣を取り出した。
「これで買えるだけ煙草を買ってきてくれないか」
 疑問形で話しているというのに、行動にはそれが伴っていない。キャンベルは数枚の紙幣をゼロの手にぐっと埋めさせ、真直ぐにゼロの目を見つめた。自分の身にふりかかっている事態を把握できぬまま、その迫力に圧倒されて、ゼロはこくんと頷くのだった。

<つづく>

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