sleepy sleeper

 白いカーテンの向こう側の世界が白み始めていた。夜明けだ。キャンベルは持っていた水を飲み干すと卓の上にコップを置いて、窓のほうへ歩みよる。カーテンの隙間からそっと外の様子を伺った。東の空はすっかり明るい。すぐに夜が明け、朝が来るだろう。
 寝台では安らかな寝息を立てて、メディオンがまだぐっすりと寝込んでいた。キャンベルはその子どものような寝顔に触れた。温かい。少し乱れた毛布を整えていると、メディオンの首から服の襟にかけてのラインが目には行った。風邪をひかないように、と自分の服を軽く羽織らせておいたのだけれども、ゆるめにとめた釦がほどけ、そこから垣間見える情事の後が妙になまなましかった。鎖骨に残る赤い跡にすっと指を這わせる。メディオンが起きる様子は無かった。
 ん…、と寝言とも寝息とも判断のつかない声を上げ、眉を寄せてメディオンは寝返りを打つ。もともと寝起きはあまりいいほうではなかったが、こうして夜を共に過ごすようになってからは、余計にひどくなっているような気がした。
 まぁ、自業自得なんだけど。
 やれやれ。そう苦笑して、再度毛布を整えてから、キャンベルはまた窓の外に目をやった。夜が明け始めると、そこから朝になるまでの時間はひどく短い。さきほdp東から顔を出したばかりだった太陽は、すっかり全身をこちらに向けている。
 起こす準備をしなくてはな。
 キャンベルは髪を掻きあげて、着替えの上着を手に取った。

 メディオンの寝起きの悪さは今に始まったことではなかった。下町で暮らしていたころ、メリンダは造船所で働いていて朝が早く、メディオンの朝の世話は祖父母に任せていたらしいので、二人が甘やかしてしまったのかもしれない。毎朝毎朝早起きをして起こしに行っても、先に起きて洗顔や着替えを済ませていた--なんてことはほとんどなく、大概は目は覚めているが頭が起きていない状態のメディオンに苦労して着替えさせる羽目になっていた。

 キャンベル自身も特に朝に強いわけではなかったし、メディオンの側付きになる前はいろいろと夜遊びをしていたこともあって、むしろ朝には弱かった。仕事だし仕方がない、と割り切ることもなかなかできず、少しでも目を離すと毛布を被ってしまう幼い主人にほとほと呆れ、どこかで怒りすら感じていた。自分だって余り寝ていないのに。
 けれどある日、その毎朝の苦行が楽しくなったのだ。
 あのことは今でも覚えている。メディオンが王宮に来てまだ半年も経っていない頃だった。なかなか自分に馴染まない小さな子どもに、表では微笑みつつも腹を立てていたのを覚えているから、間違いない。あの日もいつものように外で女と会い、少し酒を飲んで、女と寝て、自室に戻ったのは夜明け前だった。眠ることもできずに時間を持て余し、武器の手入れをしたり身体を洗ったりしていたのだが、それにもすぐ飽きて、どうせなら早めに部屋に行っていよう、とメディオンの部屋に向かったのだ。
 音を立てないようにゆっくりと扉を開けると、寝息が聞こえた。蹄の音に気を付けてそっと絨毯を踏み締めながら、まだ懇々と寝ているメディオンの傍らに立った。ちらり、と時計に目をやると針は5時を差していた。こんな時間、普段なら自分も寝ている。メディオンが起きているはずがない。
 キャンベルは足を折り曲げて寝台の端に頬杖をつきながら部屋の様子を眺めたりしていた。毎日きちんと掃除をされている部屋。10才の子どもらしいものは何一つないが、清潔にされていて居心地がいい。もっとも、ここに来るのは朝と夜に挨拶をするときだけだったので、長居したことはないのだけれども。
 ふと、膝の下にある毛布が引っ張られた。メディオンが寝返りを打ったのだ。寝相が悪いのだろうか。見てみると、寝かし付けた時には、子どもにとっては大きすぎる寝台の中央に寝ていたはずなのに、メディオンの身体はキャンベルのすぐ傍にあった。そういえば、朝起こすときも寝台から落ちてしまうんじゃないかと思うくらいに端のほうでうずくまって寝ているときが多い。
 ぐっ、とさらに毛布が引っ張られる。とっさに肘を離してしまう。見ると暑いのか、メディオンは毛布を脱ぎ捨てて抱えようとしていた。そうして毛布の端までしっかりと抱え込み、満足そうに寝息を立て始めた。
「………」
 キャンベルは立ち上がって、じっくりとその様子を眺め始めた。おもしろい。
 人が寝ているところをこうも観察することなんて、今まで無かった。女と寝るときは、起きた後に何か言われると面倒なので、自分が目を覚ましたらさっさと帰っていたし、士官学校の頃は連日の鍛練に疲れ果てていて他人の寝姿なんてどうでもよかったのだから。
 結構おもしろいもんだな。
 戯れに、メディオンの頬をつねってみた。すぐに手を叩かれて、払い落とされてしまう。眉を潜めて寝返りを打つその様は、なんともおもしろかった。
 その日の朝、目の下にクマを作りながらも、妙に機嫌のいいキャンベルを見て、メディオンは不思議そうに顔をしかめたのだった。

「メディオンさま」
 顔を洗って髭を整えて服を着替え、最後に鏡で全体を確認してから、キャンベルはメディオンを起こしにかかった。2、3度肩を揺らすと、ようやっと目を開けて、その姿勢のままキャンベルを見上げる。
「朝ですよ」
 にっこりと微笑んでそう言うキャンベルと、すぐそこにある窓から差し込む朝日に目をしかめて、メディオンは再度目を瞑ろうとした。
「起きてください。もうすぐ朝食ですよ」
「まだ眠い」
「駄目です。ほら、顔を洗って」
 メディオンは渋々身体を起こして、大きくあくびをした。まだ頭は起きていなく、ぼうっと空を見つめている。キャンベルはその細い顎に手をかけて、自分の方を向かせると、素早くその額にくちづけた。メディオンもそれに返す。そうして、ゆっくりと顔を離し、じっとキャンベルの目を見つめ、ようやく微笑む。
「おはよう、キャンベル」
 もう一度、今度はくちびるにくちづけた。くちびるを離した瞬間にキャンベルから「おはようございます」と挨拶をして、二人の朝は始まるのだ。
 もう何年も、長い間繰り返されてきた儀式。これからもきっと変わることはないであろう、無言の約束。けれどいつか、いつの日にか、こっちが起こしてやりたいなぁ、と主人がずっと思っていることを、騎士は知らない。

おしまい


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