Do you know WHITE DEVIL?

 パイオニア2移民案内係。これは多くの移民を乗せたパイオニア2にあるラボの機関のひとつである。長い移民生活は、人々の心に影を作る。目の前に求めている大地があるというのに、そこに降りられない鬱憤。娯楽減少故のストレス。情報をひた隠しにするラボや総督府への不満。などなど。つまりは、なんだかとにかくイライラしている人々のはけ口として使われる、ラボの中でも末端に属する機関なのである。おかげで離職率が激しく、緊急に人員募集がかけられることも少なくない。それまで一般民だったノル・リネイルがするりと審査をくぐり抜け、案内係に着任できたのもこういう背景があったのである。
 だが彼女本人は、さしてこの仕事が嫌いではなかった。とにかく、ここにはパイオニア2で暮らす人々の生の声がある。日々送られてくる数々のメール。そのほとんどが愚痴や不満ではあるけれども、ごくまれに目頭を熱くするようないい話を聞くこともある。かつてオンラインジャーナリストであったノルの好奇心が刺激されるのも無理はないというものだ。彼女は気になったメールや頻出する人名はかかさずチェックし、自分用のメモに残していた。例えばこんな風に。

 

AUW3085 0911 ヒューマー 20代後半

「こんにちは。初めてメールします。
 この間、ロビーにちょっと可愛い子がいたんすよ。細かいことははしょるけど、その子が誘ってくるもんだから、つい、まあね。男ですからね? とりあえずスカートをね。こう、めくったりしたら、これが大問題! もうその場にいた連中から総スカンっすよ。誘ってきたのは向こうなのにさー。
 そしたらその場に、女神のごとく現れたキャシル! 俺もちょっとは顔見知りの、白い悪魔様! きっとこの人なら助けになってくれる! とばかりに聞いてみた。お値段おいくらですか?
『イチ お触り イチ S武器。
 イチ 添い寝 イチ バララン』
 …………高くない? もう48なのに? なにそのレート? ねえ、どう思うよ?」

AUW3085 0622 フォマール 10才未満

「この間結婚しました。ダーリンとは長いこと一緒にいたし、ラッピー神父にも祝福してもらってたから、どっちかっていうと披露宴? とにかくとにかく、いっぱいお友達を呼んで、みんなの前で指輪の交換したり、ちゅうしたり(きゃっ☆)楽しいお式だったんですー。
 でもね! ひとりね! ひどい人がいて! あ、人っていうかキャシルなんだけど。
 誓いの言葉をーとか、誓いのくちづけをーとか、神父さんがいってる間にね、ロリコン! とかなんとか、ヤジばっかなの! 自分がもう48とかだから若々しいカップルがうらやましいのかしら! もう! プンスカ! あの白い悪魔ー!
 でもねー、名前付けるのはすごく上手なの。赤ちゃんが産まれたらお願いしようかなあ。
 あ、それで質問なんだけど、ロボと人間の赤ちゃんってどうすればできるの? その48才奥様は、カプカプが産まれるって言ってたんだけどー」

AUW3085 0815 レイキャシール 外見的には10才程度

「名前をつけるって、すごい大変なことなんですってね。そのつけた対象に、新たな世界での命を与えるとかなんとか。大きな意味を持つそうですね。
 私はある人をモデルに作られているので、名前も似ています。でもたまには、やっぱり自分の自分による自分のための名前が欲しいなって、思うこともあるんです。
 でも、でも、でもですよ。
『ゴルリリ』はちょっと……ないんじゃないかなって……。
 白い悪魔さんのネーミングセンスは、お素敵だと思ってますけど……。やっぱり私も女の子ですから!
 実際は、あのマッシヴな肉体で何かされたらと思うと、何も言えないんですけど、ね……」

 

 白い悪魔。そう呼ばれているキャシール。年齢は48とそう若くもない。けれどメールで愚痴る誰しもが言う「あのひとにだけはかなわない」。それも、多大な畏怖と愛情をこめて。
 どんな女性なのだろう。ジャーナリストとしてのノルの心が疼く。知りたい。もっとこのキャシールについて知りたい! できれば、会って話を聞いてみたい!
 そんな彼女のささやかな願いは、意外なところで叶うこととなる。

 それはバレンタインの頃。ノルは深夜番組の通信販売で、フォトンクックという調理機を手に入れた。これさえあればどんな料理でもたちどころに美味になるという、素晴らしいアイテムなのだが、いくらなんでもうさん臭すぎる。そこで彼女は、ちょっと他人で試してみようと思ったのだ。折しももうすぐバレンタイン。オリジナルのチョコで彼のハートを鷲掴みたいと思ってるハンターズも多いだろう。メディカルセンターのそばにいれば、きっとそういう人たちが我先にと試してくれるに違いない!
 その目論みは当たった。ノルの前には老若男女問わず多くのハンターズが集った。彼らは、大切な仲間へ渡すチョコレートを美味しく加工していく。和やかに微笑ましく行列は進む……はずだった。
「はいはいはいはいお邪魔するわよいいわねいいわね!」
 平和を撃ち破るダミ声。他人の牽制をものともしない勢い。それらを備えて、その人物はノルのもとへと走って来たのだ……! 最前列にいた恰幅のいいレイキャストを片手で押し退け、彼女はノルの肩に手を置く。
「なんなのなんなの! ちょっとしたレアいモンでも配ってるのかと思ったら、チョコだって!? アンタもまったくいつまで立ってもうだつが上がんないわね!」
 怒鳴られて気が動転しながらも、ノルは相手を観察した。シルバーグレイの外装。がっしりしているが、出るとこは出ている豊満なボディ。なによりも、レイキャストさえも小さく見える、そのオーラ……!
 白い悪魔ってきっとこの人だ! それとこの人、私の事知ってるの!?
 そんな疑問がノルの頭をかすめたが、相手は一向に治まる気配がない。ノルはされるがままに肩を揺さぶられ、その反動で抱えていたフォトンクックを落としてしまった。
「ハンター装ってラグオルに降りたらすぐ帰る! なんかシミュレーターを作ったと思ったらチャット練習!  ようやくなんか使えるモンかと来てみればチョコ! そんなんじゃいつまでもでっかくなれやしないわよ!」
 ノルがフォトンクックを拾う前に、白い悪魔はそれをかすめ取った。さらに、押し退けたレイキャストの懐から、チョコレートを奪う。
「だから、アンタにはアタシから精のつくプレゼントをあげるわ。感謝なさい!」
 言うが早いか、白い悪魔はチョコレートをフォトンクックにぶち込んだ。そしてすぐ取り出し、そのままノルの口へと放り込む……!
 チョコレートを飲み込むとき、ノルは思い出した。たしか説明書にこんなこと書いてあったっけ……。
『フォトンクックは非常にデリケートな機械です。規定の三秒を守らないと、おいしくないどころか大変な料理ができてしまいます』
「これでハクがつくってもんよ? がははははははは!」
 薄れゆくノルの脳裏に、笑い声だけが鳴り響いた。

 その後の事はよくわからない。
 気がついたらメディカルセンターで寝かされていて、ナースに理由を聞いても答えてくれはしない。だが、ここまで運んで来てくれたのは、あの白い悪魔だという。
 思えばあのチョコレートだって、ふがいない私のことを考えてくれて、したことなわけだし。もしかして割といい人なのかもなあ。
 退院して職場復帰したある日、ノルに一つ仕事が舞い込んできた。チャットシミュレーターを使ってみたいハンターがいるとのことだ。制作責任者として立ち会わねばならない。

 そのハンターの名前はマダム・ゴッドレス。
 またあの白い悪魔がやってくるということを、彼女はまだ知らない。

「さーてがっちりしっぽり稼がせてもらおうかね!

 がははははははは!」

 

おしまい

ラグオルのマダムことModom Godlessさんの御本に書かせていただいたモノです。実際の本では中表紙に掲載されていて、その都合でいくらか編集しなおされていたので、こちらにオリジナルバージョンをアップいたしました。
マダム、本人のキャラがこゆすぎて、なに書いてもおもしろくならねーよ! って思ってたのも今ではいい想い出です。いやもうほんと苦労した! そのぶんオモロかった!


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