総督府のホワイトデー

 惑星ラグオルを一望できる位置に、ぷかぷかと浮かぶ移民船、パイオニア2。ラグオル探査を目的としたハンターズに一般市民、それに総督府とラボのエンジニア達が、いつの日かラグオルで過ごす日々を夢見て、ここで生活している。だが、一向にその日は訪れず、人々はパイオニア2での平和ではありながらも退屈な日々に多少嫌気がさしていた。
 何か民間人のうるおいになるようなことはできないだろうか。
 そう考えた総督府は、月に1度のペースで、パイオニア2でお祭りを開くことにしたのだ。祭りとは言ってもビジュアルロビーにいつもと違うオブジェが飾られるくらいのものなのだが、そうしたちょっとした変化が彼らに季節感を持たせた。総督府はこれに気をよくし、時には新型のVR(バーチャル戦闘システム)や本星コーラルで人気のある雑誌社と強力して「ファミ通カップ」なる大掛かりなイベントを開くようにした。
 そしてそれは2月のイベント期間中のこと。総督コリン・タイレルにある1つの贈り物が届けられたのだ。
「……以上が本日のハンターズの業務結果です」
 手に持った携帯端末の画面を上司に見せながら、アイリーンは言った。タイレルもそれを見ながら、フムとあいづちを打っている。
「4日ほど前から、ガロンズショップの利用数が異様に上がっているな。何か新商品でも入荷したかね?」
「あら、ご存知ありませんの?」
 ふふ、と笑ってアイリーンはスカートのポケットをまさぐった。タイレルはその様子を、何やら不思議なものであるかのように見つめている。
「本当はお仕事が終わってからさしあげようと思ったのですけれどね」
 はい。そうしてアイリーンから差し出されたのは、青い包装紙に包まれた小さな箱だった。
「これは何かね?」
「いやですわ総督。からかってらっしゃるんですか?」
「は?」
 口をあんぐりと開けたタイレルを見て、アイリーンは眉をハの字に下げた。どうやら1年前のこの日のことは、彼の頭からすっぽり抜けているらしい。少し苦笑しつつ、それでもこの俗にうとい上司に真実を伝えようと、アイリーンは口を開いた。
「バレンタインチョコですよ」
「え?」
「2月14日に、感謝している人にチョコレートをプレゼントする風習があるんです。だから、ガロンさんのお店では、今だけチョコを売ってるんですよ」
「そうだったのか……」
 ガロンズショップのことは総督自身も把握しているつもりではあった。だが、店があるのがラボにほど近いエリアであるということや、何よりあの強欲な男に少しでも近付くまいとしている自分の本能から、どうしても遠巻きになってしまうのだ。言われてみれば確かに、メディカルセンターのナースやチェックルームのカウンターガールにも、同じような包みを渡されたような気がする。
「ですから、これは私から総督への心ばかりのプレゼントですわ」
「ふむ……」
 アイリーンは満面の笑顔でチョコをタイレルへと差し出した。総督の手の平ほどしかない大きさの包みだが、総督の秘書である彼女があの店へ赴くのは、相当の覚悟を必要としただろう。タイレルはありがたくそれを受け取った。
「しかし、貰いっぱなしというのもいささか気分が悪いな。私もそのチョコレートとやらを買ってこようか」
「ああ、いえいえ」
 早速ガロンズショップに行く算段を始めたタイレルに、アイリーンは頭を振った。
「バレンタインのお返しは、1ヶ月後にするものなんですよ。ホワイトデーですね」
「ほわいとでえ?」
「はい」
 本当にこの人、何も知らないんだわ。思えば今までに1度もお返しを貰ったことがなかったと、アイリーンはふと過去を振り返ってみた。さて、どうやってこの堅物の上司に、あのお祭りのことを説明すればいいのだろうか。
「上手く言えないのですが……」
 バレンタインチョコが愛情の証。ホワイトデーはそれに応える日。ということを伝えたら、この人はどう反応するだろうか? もしかしたらチョコを返されてしまうかもしれない。それは少し嫌だ。
 アイリーンがそうして思考を巡らせていると、何か思い付いたのかタイレルが手をぽん、と鳴らした。
「つまり、ほわいとでえと言うのはこれをくれたパートナーにお返しをあげる日なんだな」
「はぁ……」
 パートナー未満でもチョコはあげるけれども。
「ということはすなわち、そのお返しはパートナーの気持ちに応えるということになる」
「まあ、そうですね」
 いやでも根本的になにか違うような気もするけど。
「チョコをくれた相手が、自分のパートナーに見合うか----それを見極める日なのだな!」
「え?」
 それはちょっと違う!
 とアイリーンがいくら心の中で叫んでいても、もう自分の中で答えを出してしまったタイレルにはわからない。
「わかったぞアイリーン。3月のイベントはこれでいこう!」
 目をきらきらと輝かせ、拳を振り上げて、タイレルはそう宣言した。
 こうなったタイレルを止める術を知ってる者はいない。アイリーンに課せられた仕事は、この曲解されたホワイトデーを、いかに真実に近付けるか、のみであった。

 かくして3月10日から、ホワイトデーに向けてのイベントが開催された。内容はハンターズ2名が二手に別れて、坑道エリアのVRを攻略するというもの。時間制限があり、戦闘不能もNGである。ホワイトデーという愛のイベントに、これほど相応しくないものも、そう無いだろう。そこでアイリーンは、無事攻略できたペアには、ささやかながらキャンディを贈ることにした。
 既に出来上がっているカップルには
「これからも仲良くね」
 まだ片思いの男性二人で挑戦してくれた場合は
「これで彼女に気持ちを伝えてね」
 そう、思いを込めて。
 ただ彼女自身はこのイベントに少なからず不満があった。ハンターズはいい。一緒に冒険して絆を深めることもできるし、ちゃんと気持ちを伝えるための道具もある。だが、このホワイトデーイベントのきっかけを作ったアイリーンには、何の見返りもないのだ。
 日頃の感謝の気持ちを込めて。
 確かにそう思ってプレゼントしたチョコレートだったけれども。少し間違ってはいるけど、ホワイトデーという日を理解しているからには、自分にも何かあってもいいのではないか……。数々のハンターズにキャンディを渡しながら、アイリーンはそんなことを考えていた。
 そうして3月17日。イベントの終了時刻を待って、VRへの転送装置を閉じにアイリーンはギルドカウンターへ向かっていた。祭りの後というのは寂しいもので、業務を終えたカウンターレディもハンターズも誰もいないギルドは、なんとなく広く感じた。ふと気になって、カウンターのそばへ立つ。ここで、この場所で、多くのハンターズに彼女はキャンディを手渡したのだ。
 自分がもらえなかったキャンディを。
 はあ、と溜め息をひとつ吐く。転送装置の遮断はスイッチ1つで終わる。早く片付けて、今日は眠ろう。踵を返して、アイリーンはギルドの出入り口に向かった。普段は自動開閉のこの扉も、ギルドが停止しているこの時間だと自分で開けなければいけない。そのスイッチを探していると、アイリーンがスイッチを押すよりも早く、扉が開いた。
「ここにいたのか」
 開けたのはタイレルだった。
「あの、なにか?」
 あんな考え事をしていたときには、少し会いたくない相手ではある。
「仕事は全て終了したはずですが……。疑問点でもございました?」
「いや、そうではなくてな」
「はい?」
 タイレルは何やらもそもそと口籠っている。ギルドは少し照明が暗いのでよく見えないが、心無しか頬も赤いように見えた。
「どうかなさいました?」
「あ、いや」
 これを。そう呟いてタイレルが懐から出したのは、あのキャンディだった。
「渡そうと思っていたのだよ」
「…………」
 アイリーンは総督の掌にちょこんと鎮座するそれを、恐る恐るつまんだ。桃色の紙で包まれたそれは、一口で食べてしまえるほど小さいけれど、確かにキャンディだった。
「ありがとうございます……」
 ぎゅっと胸の前でそれを握りしめる。タイレルはそんなアイリーンから目をそらして、ぽりぽりと頬を掻いた。
「改めて言うと照れるのだが」
 少し深呼吸して、タイレルは続けた。
「私のパートナーは君以外いないので。これからも、その」
 恥ずかしがって最後まで言えない朴念仁の言葉。そのたどたどしさがまた愛おしいと思う。 アイリーンは握りしめたキャンディの温もりを感じつつ、タイレルの言葉を受け継いだ。
「よろしくお願いしますね。タイレル総督」

 


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